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東京地方裁判所 平成7年(ワ)17628号 判決

反訴原告

佐野悟

ほか二名

反訴被告

株式会社昌和プラント

ほか一名

主文

一  反訴被告らは、各自、反訴原告佐野悟に対し金一九四万六一四五円、反訴原告黒丸広一に対し金一二八万九八一三円、反訴原告置鮎正恒に対し金一二〇万四〇五四円、及びこれらに対する平成五年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  反訴の訴訟費用は、これを二分し、その一を反訴被告らの、その余を反訴原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一反訴原告の請求

一  反訴被告らは、各自、反訴原告佐野悟(以下「反訴原告佐野」という。)に対し金三八五万五八三六円、反訴原告黒丸広一(以下「反訴原告黒丸」という。)に対し金三四六万一五七〇円、反訴原告置鮎正恒(以下「反訴原告置鮎」という。)に対し金二九三万四八一五円、及びこれらに対する平成五年一月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴の訴訟費用の反訴被告らの負担及び仮執行宣言

第二事案の概要

一  本件は、首都高速道路上で、中央車線を進行していた加害車両が、右側車線から突如車線変更してきた車両を避けるため左にハンドルを切つたところ、左側車線を走行していた被害車両と衝突し、被害車両を運転し、又はこれに同乗していた反訴原告らが傷害を受けたことから、加害車両の運転者及びその運行供用者に対し、損害賠償を求めた事案である。

なお、本件は、反訴被告らが、反訴原告らを相手に提起した債務不存在確認請求訴訟の反訴として提起されたものであり、本訴は取り下げられている。

二  争いのない事実等

1  本件交通事故の発生

事故の日時 平成五年一月一四日午後六時〇〇分ころ

事故の場所 東京都品川区八潮三―二先の首都高速湾岸線上の西大井南出口付近

加害者 反訴被告神田浩志(以下「反訴被告神田」という。加害車両を運転)

加害車両 反訴被告株式会社昌和プラント(以下「反訴被告会社」という。)保有の大型清掃車(横浜八八な四三七八)

被害者 反訴原告ら。反訴原告黒丸は被害車両を運転し、他の反訴原告らは、被害車両に同乗していた。

被害車両 反訴原告佐野所有の普通乗用自動車(川崎三三た五〇一九)

事故の態様 反訴被告神田が加害車両を運転し、前示路上の中央車線を進行していたところ、右側車線から突如車線変更してきた車両を避けるため左にハンドルを切つたところ、左側車線を走行していた被害車両の右側側面に衝突した。

事故の結果 反訴原告らは、本件事故により頸椎捻挫等の傷害を受けた。また、被害車両も損傷した。

2  責任原因

反訴被告神田は、加害車両の運転者として民法七〇九条に基づき、また、反訴被告会社は、加害車両の保有者として自賠法三条に基づき、及び、同会社の業務執行中の事故であるから民法七一五条に基づき、それぞれ本件事故について損害賠償責任を負う。

三  本件の争点

本件の争点は、反訴原告らの損害額であり、これに関する当事者の主張は次のとおりである。

1  反訴原告ら

(反訴原告佐野分)

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 一三一万五一九〇円

反訴原告佐野は、被害車両の助手席に同乗していたところ、本件事故のため頸椎捻挫、左上腕骨内上顆炎等の傷害を受け、平成五年一月一九日から三月一三日まで生駒クリニツクで入院治療を受けて一一八万六八九〇円を要した外、天地人気功研究会での気功の治療代五万一三〇〇円及びふじ療術院の施術代七万七〇〇〇円を要した。

〈2〉 入院雑費(一日当たり一三〇〇円、五四日分) 七万〇二〇〇円

(2) 休業損害 八二万三四四六円

生駒クリニツクでの入院治療期間五四日につき、一日当たり一万五二四九円として算定。

(3) 慰謝料 八〇万〇〇〇〇円

生駒クリニツクでの入院治療にもかかわらず、今なお完治しない。このため、約束されていた仕事を失い妻と離婚せざるを得なかつた。

(4) 車両評価損

被害車両の評価損は二四万七〇〇〇円である。

なお、反訴原告佐野は、被告らの保険会社との間で被害車両の修理代、代車料について合意した際に、その他の物損についての請求を放棄した旨の約定の入つた書面に署名したが、右料金を保険から引き出すための必要書類であるとの認識で署名押印したものに過ぎず、右約定部分は、錯誤により無効である。

(5) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

(反訴原告黒丸分)

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 一一五万〇七一五円

反訴原告黒丸は、被害車両を運転していたところ、本件事故のため頸椎捻挫、右拇指挫傷等の傷害を受け、平成五年一月一九日から三月一四日まで生駒クリニツクで入院治療を受けた。

〈2〉 入院雑費(一日当たり一三〇〇円、五五日分) 七万一五〇〇円

(2) 休業損害 八三万九三五五円

生駒クリニツクでの入院治療期間五五日につき、一日当たり一万五二六一円として算定。

(3) 慰謝料 八〇万〇〇〇〇円

生駒クリニツクでの入院治療にもかかわらず、今なお完治せず、頭痛等に苦しんでいる。

(4) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

(反訴原告置鮎分)

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 七八万六七一五円

反訴原告置鮎は、被害車両の後部座席に横になつて睡眠していたところ、本件事故のため頸椎捻挫、左半身打撲等の傷害を受け、平成五年一月二八日から三月五日まで生駒クリニツクで入院治療を受けた。

〈2〉 入院雑費(一日当たり一三〇〇円、三七日分) 四万八一〇〇円

(2) 休業損害

反訴原告置鮎は、共栄不動産株式会社の代表者であり、その営業の全般等を同反訴原告が行つていたところ、生駒クリニツクでの入院やその後の自宅療養のため、同社の仕事をほとんどすることができず、収入は大きく減少した。この点を慰謝料で考慮願いたい。

(3) 慰謝料 一五〇万〇〇〇〇円

生駒クリニツク退院後も針灸院等に通院し、自宅でも低周波治療を行つているが、今なお頸部痛等に苦しんでいる。また、休業損害分も考慮すべきである。

(4) 弁護士費用 六〇万〇〇〇〇円

2  反訴被告ら

右主張を争う。生駒クリニツクにおいては、整形外科医は週に一度治療に当たるだけである上に、反訴原告らは入院期間中も外出、外泊を繰り返すほか、入院態度も常軌を逸したものであり、反訴原告らは入院治療を必要とせず、また、本件事故と相当因果関係のある治療内容・期間は平成五年二月末日までの通院治療に止まる。従つて、反訴原告らの本件事故による損害は、次のとおりである。

(反訴原告佐野分)

(1) 治療費 一七万五七六五円

(2) 休業損害

本件事故当時無職であつて、認められない。仮にこれを認めるとしても、一三万七二〇〇円に止まる。

(3) 慰謝料 一一万二〇〇〇円

(4) 車両評価損

被害車両に関するすべての損害については示談が成立している。反訴原告佐野は、錯誤を主張するが否認する。仮に錯誤があつたとしても、示談書の内容確認を怠つた点に重大な過失がある。

(反訴原告黒丸分)

(1) 治療費 一六万二八九〇円

(2) 休業損害

本件事故当時無職であつて、認められない。仮にこれを認めるとしても、一三万七二〇〇円に止まる。

(3) 慰謝料 一一万二〇〇〇円

(反訴原告置鮎分)

(1) 治療費 一一万九二六〇円

(2) 休業損害

共栄不動産株式会社は家賃収入があり、また、反訴原告置鮎は生駒クリニツクの入院中も銀行関係の仕事等を続けているのであつて、休業損害が発生したことを争う。

(3) 慰謝料 七万二〇〇〇円

第三争点に対する判断

一  反訴原告らの傷害の状況

1  甲一、四ないし一一(枝番を含む)、一四、乙一・三・五の各1ないし3、六、一二ないし一七(枝番を含む)、二〇、二一、反訴原告ら本人(反訴原告ら本人すべての尋問結果を表す。以下同じ。)に前示争いのない事実を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 本件事故は、首都高速湾岸線上の西大井南出口付近で起きたもので、大雨の中を、反訴原告黒丸は被害車両(左ハンドルのベンツ)を時速七〇キロメートル程度で運転し、同道路の左側車線を走行していた。反訴原告佐野は、その助手席で普通に座り、反訴原告置鮎は、その後部座席で左側を頭にし、左半身を下にして横になつて熟睡しながら、それぞれ同乗していた。

他方、反訴被告神田は加害車両(産業廃棄物を搭載した車両重量一一トン以上の大型トラツク)を運転し、前示路上の中央車線を進行していたが、右側車線から突如車線変更してきたため、その車両を避けるため左にハンドルを切つたところ、左側前方を走行していた被害車両の右側側面に衝突した。

このため、被害車両は、左側に大揺れし、右側後部扉が抉れたほか、右側全般にわたつて損傷を来した。

(2) 被害車両を運転していた反訴被告黒丸は、本件事故のためハンドルに身体を打ち当てたことにより、腕、首、胸が痛くなり、親指も赤く腫れた。助手席にいた反訴被告佐野は、加害車両の接近に気がつき、身体を右に捩じりながら運転席のほうに逃げたところ、加害車両が被害車両と衝突した反動で被害車両の右側扉のガラスに頭を打ち当て、左腕も打撲し、頭と首を傷めた。また、反訴被告置鮎は、熟睡していたため、身体の何処を打撲したのか定かではないが、本件事故の後、左側頭部にこぶができて、頭痛がし、左肩から左膝まで痛くなり、しばらくしてから、気持ちが悪くなり、吐き気がして真つ青になつた。これらのため、反訴被告置鮎は救急車で、同佐野及び同黒丸は被害車両で、いずれも第三北品川病院に行き、同置鮎と同佐野は、脳神経外科で、また、同黒丸も同病院で治療を受けることとなつた。

同病院で診察を受けたところ、反訴原告佐野は、X線撮影の結果、頭部、頸部に異常は無かつたが、吐き気、首の左側から後頭部に痛み、左腕の第二関節と肩との間に腫れと痺れがあり、頭部外傷、頸椎捻挫と診断された。反訴被告置鮎も、X線撮影の結果、頭部に異常は無かつたが、頭部打撲痛があり、頭部外傷と診断された。反訴被告黒丸は、X線撮影の結果、頭部、頸部に異常は無かつたが、左拇指側副靱帯損傷、前胸部打撲が認められ、頸部痛、頸部運動制限、左拇指及び胸部痛もあり、手にギブスを巻き、指と首に湿布を貼つてもらつた。

(3) 反訴原告佐野は、第三北品川病院から帰宅後、自宅で安静にしていたが、本件事故翌日から悪寒がし、吐き気、嘔吐が繰り返してあり、また、首と左腕に酷い痛みがあつた。しかし、成人の日、振替休日と休みが重なり、一月一九日になつて、家人から入院治療を勧められ、生駒クリニツクを訪れた。

同クリニツクの院長は肛門科が専門であつたが、毎週土曜日は、整形外科担当の医師が外から来て整形外科も担当することがら、クリニツクの看板には「整形外科」も掲げていた。

初診時の同反訴原告は、自覚症状として頸部痛があり、他覚的所見として各方向の頸部運動制限、頸部から背部にかけての筋の緊張があるというものであり、院長の勧めもあつて、頸椎捻挫、左上腕骨内上顆炎の傷病名で同クリニツクに入院した。治療の内容は、赤外線照射、介達牽引、投薬療法であり、首にコルセツトを巻いていたが、頸部痛が続き、入院を継続した。

しかしながら、同反訴原告は、一月二八日に反訴原告置鮎と外出したのを初めとして、外出を繰り返すようになつた。二九日も同様であり、三〇日には、看護婦から入院態度が悪いと強制退院になると注意を受けた。また、反訴原告佐野は、夜間妻に電話をかけても留守ということが度々あり、その浮気が心配となつて二月二日からは自宅での外泊を開始し、その後も、一八日、二二日、三月三日、四日、八日と外泊した。三月一三日に退院したが、入院期間中にテレビゲームに熱中することもあつた。退院時には、頭痛、頸部痛、左親指痛は治まつていなかつたが、反訴被告らの代理人からの同クリニツクの入院治療には疑問があるとの内容証明郵便が届いたことから退院に踏み切つた。

(4) 反訴原告黒丸は、自宅での静養中に、吐き気が酷くなつたため、平成五年一月一九日に生駒クリニツクで治療を受けた。頸部から肩部にかけての進行する疼痛、左第一指疼痛の自覚症状があり、他覚的所見としては、頸部運動(後屈)疼痛、頭部左側の緊張、左拇指自発痛、圧痛、屈曲低下があつたことから、入院を希望し、院長も頸部痛が進行していることに鑑み入院を決定し、同反訴原告は、頸椎捻挫、左拇指捻挫(靱帯損傷)の傷病名で、同日から入院開始した。治療の内容は、介達 牽引、投薬療法であり、首にコルセツトを巻いたが、頭痛が継続し、身体が揺れるように感じて気分の悪い日が続いた。

しかし、同反訴原告は、入院当初から部屋で煙草を吸つて看護婦から注意を受け、また、一月三〇日には外出していたことから、看護婦は、入院の必要性について疑問視した。三一日も外出し、二月一一日には友人の結婚式参加のため外泊し、二二日も外泊した。もつとも、首の痛さは持続し、湿布治療等が継続して行われ、三月一四日に退院した。なお、二月一五日ころからは、テレビゲームに熱中することもあつた。

(5) 反訴原告置鮎は、本件事故当日、自宅に帰つたところ、身体がふらついており、翌朝からは、頭痛、吐き気が酷く、仕事には出れる状態ではなかつたが、ゴルフ会員権販売の契約が控えており、無理を圧して仕事をした。また、同反訴原告は、日本青年会議所の会合のため、京都に五日間の予定で出張があり、その事務を遂行する責任上京都に赴いたが、二日目に全身が痛くなつて、熱があり、三日目に他人にその事務を任せて帰宅し、静養した。全身がだるく、サウナに入つたり、市販の湿布薬を使用しながら経過を見守つていたが、疼痛があまり軽減せず、そのころ、反訴原告佐野、同黒丸が生駒クリニツクに入院していることを知り、同クリニツクで診察を受けた。同反訴原告は、初診時に、頸部から左上肢にかけての疼痛、痺れ感、握力減退の自覚症状があり、他覚的所見としては、握力動作中の痛み、頸部から肩筋にかけての圧痛、左上肢の圧痛があり、入院加療を希望した。院長も症状の増悪が認められるとして、入院決定となり、一月二八日から頸椎捻挫、左半身打撲の傷病名で同クリニツクに入院した。入院期間中、左頸部の疼痛は継続し、また、左肩甲部の創痛があつた。

しかし、同反訴原告は、仕事があることから入院直後から外出があり、二月一日には、早くも看護婦は、入院の必要性について疑問視した。携帯電話所持での入院であり、看護婦の巡視中もよく電話をしていた。外出や外泊が続き、二月五日、七日外泊、八日夜外出、一三日、一五日外出、二一日、二二日、二五日外泊、三月二日外出という状態であり、三月四日に退院した。なお、二月一八日ころからはテレビゲームに熱中することもあつた。

(6) 反訴原告佐野は、六月始めに、首、左肩、背中の痛みが再発し、動けなくなる程度であり、このため、整体治療を受けることとし、康心堂に一四日から一一月三〇日まで九回通つた。しかし、混み合つていて施行間隔が長かつたため、群馬県高崎市にある天地人気功研究会で気功を受けることとし、一一月二六日から平成六年一月二二日まで九回通院したところ、首も楽になり、痛みも治まつた。さらに、静岡県富士宮市にあるふじ療術院で筋整術を受けた結果、随分身体が楽になり、その治療を継続するため、同市に転居し、引き続き通つている。しかし、現在でも雨が降りそうになると首に痛みがあり、吐き気がある状況である。

反訴被告黒丸は、生駒クリニツク退院後も、首を左側に曲げることができず、突然頭が重くなつて車酔いのような状態になることがあり、また、不眠が続いており、左脚のつけねに時々激痛が走る。しかし、病院に通院してMRI等の検査を受ける費用がないため、これを実施していない。

反訴原告置鮎は、退院後も、鞭打ち状態が継続して首の痛みが治まらず、澤井病院、オオタ総合病院等の他の病院、整体治療や針灸院に通つたり、低周波治療器を二十数万円で購入し、これを用いて症状の快解に努めているが、同じ姿勢を採るとだるくなり、無理のきかない身体となつた。

以上の事実が認められる。

2  甲二、反訴原告ら本人によれば、〈1〉生駒クリニツクの院長は、反訴被告らの代理人に対し、反訴原告らの頸椎捻挫等の症状がいずれも増悪しつつあるものの、自分は肛門科の専門医であることから、とりあえず、緊急避難的に入院を勧め、土曜日に来る整形外科医の判断で入院の必要性を決めることとした、同整形外科医が反訴原告らいずれもにつき入院継続の指示があり、その後も毎週診察を行つた結果、同医の診断により退院日を決定したと説明していること、〈2〉反訴原告らの入院中に、反訴被告らの任意保険の担当者が生駒クリニツクを訪問したが、そのときは、退院や転院の指導はなく、完治するまで治療するように説明し、反訴原告らは、保険が絡んでいることから、勝手な転院は許されないものと思つていたことが認められる。

3  右各認定事実に基づき、まず、反訴原告らの本件事故に起因する傷害等の内容を検討すると、本件事故の結果、被害車両の右側全般に損傷が及び、また、左側に大揺れしているのであつて、本件事故により反訴原告らの身体が相当の衝撃を受けたことは明らかである。そして、反訴原告らは、生駒クリニツク退院後も、鞭打ちに特有の症状を訴え、病院等に通院していることも斟酌すると、少なくとも、生駒クリニツクにおける全ての治療は、いずれも本件事故と相当因果関係のあるものと認めるべきである。

次に、入院の必要性については、生駒クリニツク院長の前示説明によれば、反訴原告ら全員につき、いずれも全期間必要なものといえるが、前認定の入院態度、特に、外出、外泊の事実に照らせば、右院長の説明を直ちに採用することができない。もつとも、反訴原告佐野、同黒丸については、看護婦から入院の必要性について疑問を投げ掛けられた一月三〇日の前日までは、特に入院の必要性に疑義はなく、右院長の説明どおり、入院を要したものと認めるべきである。しかし、それ以降の両反訴原告の入院及び反訴原告置鮎の入院については、前認定の入院態度、特に、外出、外泊の事実があることから、入院の必要性に疑義があり、なお、右院長の説明も総合すれば、その三分の一について必要性を認めるのが相当である。

ところで、反訴原告佐野の天地人気功研究会での気功及びふじ療術院での筋整術については、医師の勧めはないものの、これらの施術の結果、身体の痛み等が治まつたことに鑑みると(これが虚偽でないことは、同反訴原告が、気功のため群馬県高崎市まで往復し、かつ、筋整術のため静岡県富士宮市に転居までしたことから窺うことができる。)、いずれも必要であつたと認められる。

二  反訴原告らの損害

1  反訴原告佐野分

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 五六万一五七一円

乙三の1ないし3によれば、反訴原告佐野は、平成五年一月一九日から三月一三日までの五四日間の生駒クリニツクにおける入院治療費として一一八万六八九〇円を要したが、そのうち、入院料及び入浴料は一〇三万七八四〇円(うち一人部屋差額料は四三万二〇〇〇円)、その他の費用は一四万九〇五〇円であることが認められる。そして、前認定の傷害の程度及び同反訴原告の入院態度に鑑みれば、一人部屋で入院する必要がないことは明らかであり、入院料のうち本件事故と相当因果関係のある分は、一〇三万七八四〇円から四三万二〇〇〇円を控除した六〇万五八四〇円について日割り計算をした額を基準とするのが相当であり、入院必要日は一月二九日までの一一日間と同月三〇日以降の四三日間のうちその三分の一であるから、次のとおり、二八万四二二一円となる。

60万5840÷54×(11+43÷3)=28万4221

また、乙一五の1ないし6、一六の1ないし16、同反訴原告本人によれば、同反訴原告は、天地人気功研究会での気功の治療代として少なくとも五万一三〇〇円を、ふじ療術院の施術代として七万七〇〇〇円を要したことが認められる。

〈2〉 入院雑費 三万二九三三円

一日当たり一三〇〇円として(11+43÷3)日分三万二九三三円の入院雑費を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(2) 休業損害 五〇万一六四一円

乙四の1、2、六、反訴原告佐野本人によれば、同反訴原告は、平成四年一二月三一日まではデイスコの川崎店の店長として、月収四六万四四八四円を得ていたが、同店が不況のため閉店したため、一応退職の形をとり、その後、改めて本社の営業部長として勤務することにつき話し合いをすることとなつていたところ、本件事故のため、それも叶わず、退職が確定したことが認められる。

そうすると、本件事故当時は無職であつたものの、本件事故がなければ近い将来本社の営業部長となる蓋然性があつたというべきところ、営業部長の給与が不明であるが店長程度の給与を得る可能性があることと、営業部長への就職の蓋然性が確定的なものという程度までは高いものでないことから、右月収の六割に当たる二七万八六九〇円を基準に休業損害を算定することとする。そして、前認定の治療経過に照らせば、反訴原告佐野は、その主張するように生駒クリニツクでの入院治療期間五四日につき、休業が必要であつたと認められるから、次の計算どおり、休業損害は、五〇万一六四一円となる。

27万8690÷30×54=50万1641

(3) 慰謝料 六〇万〇〇〇〇円

乙一七、反訴原告佐野本人に前認定の各事実を総合すれば、同反訴原告は、生駒クリニツクでの入院治療にもかかわらず、完治せず、転居までしてふじ療術院での筋整術を受けていること、本件事故のため、本社の営業部長として勤務する可能性がなくなり、このため、平成五年五月一八日に妻と離婚したことが認められ、これらの事実に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同反訴原告が本件事故により被つた精神的損害を慰謝するには、六〇万が相当である。

(4) 車両評価損

乙八、九によれば、被害車両は、平成元年七月に初年度登録されたメルセデスベンツ三〇〇Eで、本件事故当時の時価は四四〇万円であり、本件事故の修理に八一万一四〇三円を要したこと、これらのことから、財団法人日本自動車査定協会東京都支部は、被害車両の評価損を二四万七〇〇〇円と算定したことが認められる。

他方、甲三によれば、平成五年三月八日までに、反訴原告佐野は、反訴被告らとの間で、被害車両の物損について八八万八六五三円を支払う旨の示談をしたこと、その示談書には「物損事故用」及び「今後本件に関してはいかなる事情が発生しても、裁判上、裁判外を問わず一切異議の申し立て、請求を行わないことを誓約します」旨が不動文字で記載され、また、「人身損害は別途協議する」と手記されていることが認められる。この点、反訴原告佐野は、本人尋問において、修理代金や代車料を受領するためには署名押印が必要であると言われて、これ以上の金額の支払いは一切ないとの認識がないままに、他に損害があれば請求し得ると思つて、署名押印を実行したと供述する。

右認定事実に基づき検討すると、仮に反訴原告佐野が右供述どおり、修理代金等を保険から引き出すための必要書類であるとの認識で署名押印したとしても、右各不動文字及び手記部分の記載から、右示談書は、被害車両に関するすべての損害について示談している内容であることが明らかであり、本件全証拠によるも、同反訴原告が急がされて示談書を読む時間もないまま署名押印したものとは認められないことから、同反訴原告には、示談書への署名押印により示談契約をするについて重大な過失があるものといわざるを得ず、民法九五条ただし書により錯誤を主張することができないものというべきである。

そうすると、被害車両に関するすべての損害については、同反訴原告と反訴被告らとの間で示談が成立しているから、評価損の主張は理由がない。

(5) 以上の合計は一六九万六一四五円となる。

2  反訴原告黒丸分

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 三九万四二七七円

乙一の1ないし3によれば、反訴原告黒丸は、平成五年一月一九日から三月一四日までの五五日間の生駒クリニツクにおける入院治療費として一一五万〇七一五円を要したが、そのうち、入院料及び入浴料は一〇五万〇三四〇円(うち一人部屋差額料は四三万二〇〇〇円)、その他の費用は一〇万〇三七五円であることが認められる。そして、前認定の傷害の程度及び同反訴原告の入院態度に鑑みれば、一人部屋で入院する必要がないことは明らかであり、入院料のうち本件事故と相当因果関係のある分は、一〇五万〇三四〇円から四三万二〇〇〇円を控除した六一万八三四〇円について日割り計算をした額を基準とするのが相当であり、入院必要日は一月二九日までの一一日間と同月三〇日以降の四四日間のうちその三分の一であるから、次のとおり、二九万三九〇二円となる。

61万8340÷54×(11+44÷3)=29万3902

〈2〉 入院雑費 三万三三六六円

一日当たり一三〇〇円として(11+44÷3)日分三万三三六六円の入院雑費を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(2) 休業損害 三〇万二一七〇円

乙二の1、2、反訴原告黒丸本人によれば、同反訴原告は、本件事故当時二八歳であり、有限会社エヌ・エンタープライズで勤務し月収四二万八七四六円を得ていたが、平成四年一二月三一日に同会社が倒産して、本件事故当時は無職であり、反訴原告置鮎の経営する共栄不動産株式会社に就職することを検討していたことが認められる。もつとも、反訴原告黒丸、同置鮎各本人によれば、同会社は、本件事故当時バブル崩壊により経営が苦しい状態であつて、反訴原告黒丸の同会社における担当、給料が決まつていなかつたことが認められるのであり、同反訴原告は就労の意欲があるが、就職先は決まつていなかつた状態であるというべきである。

そうすると、同反訴原告の休業損害については、無職として否定するのは共栄不動産株式会社への就職の可能性から不当であり、平成五年度の賃金センサスのうち全学歴男子二五歳から二九歳までの決まつて支給する現金給与月額分である二七万四七〇〇円の六割に当たる一六万四八二〇円を基準に休業損害を算定することとする。そして、前認定の治療経過に照らせば、同反訴原告は、その主張するように生駒クリニツクでの入院治療期間五五日につき、休業が必要であつたと認められるから、次の計算どおり、休業損害は、三〇万二一七〇円となる。

16万4820÷30×55=30万2170

(3) 慰謝料 四〇万〇〇〇〇円

前認定の各事実を総合すれば、反訴原告黒丸は、生駒クリニツクでの入院治療にもかかわらず、完治せず、頭痛等に悩んでいるのであり、この事実に本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同反訴原告が本件事故により被つた精神的損害を慰謝するには、四〇万が相当である。

(4) 以上の合計は、一一二万九八一三円である。

3  反訴原告置鮎分

(1) 治療関係費

〈1〉 治療費 二三万八〇二一円

乙五の1ないし3によれば、反訴原告黒丸は、平成五年一月二八日から三月五日までの三七日間の生駒クリニツクにおける入院治療費として七八万六七一五円を要したが、そのうち、入院料及び入浴料は六九万二〇四〇円(うち一人部屋差額料は二六万二〇〇〇円)、その他の費用は九万四六七五円であることが認められる。そして、前認定の傷害の程度及び同反訴原告の入院態度に鑑みれば、一人部屋で入院する必要がないことは明らかであり、入院料のうち本件事故と相当因果関係のある分は、六九万二〇四〇円から二六万二〇〇〇円を控除した四三万〇〇四〇円について日割り計算をした額を基準とするのが相当であり、入院必要日は右三七日間のうちその三分の一であるから、一四万三三四六円となる。

〈2〉 入院雑費 一万六〇三三円

一日当たり一三〇〇円として(37÷3)日分一万六〇三三円の入院雑費を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(2) 慰謝料 八〇万円

乙一二、二一、反訴原告置鮎本人に前認定の各事実を総合すれば、同反訴原告は、ゴルフ会員権、不動産等の売買、仲介、及び不動産の賃貸等をする共栄不動産株式会社の代表取締役であり、その営業の全般等を同反訴原告が行つていたところ、特に、本件事故当時は、バブル崩壊による不況の直撃を受け、会社の経営は苦しくなり、同反訴原告は、無理を圧して同会社のために勤務したが、入通院の影響を受けて収入が減退したこと、生駒クリニツク退院後も針灸院等に通院し、自宅でも低周波治療を行つているが、頸部痛等が完治しないことが認められる。これらの事実に、同反訴原告が右共栄不動産株式会社の減収を慰謝料で考慮すべきことを主張していること、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、同反訴原告が本件事故により被つた精神的損害を慰謝するには、八〇万が相当である。

(3) 以上の合計は、一〇五万四〇五四円である。

三  弁護士費用

本件は、反訴原告らが損害賠償金について反訴被告らに対して法外な主張をしたことがないにもかかわらず、反訴被告らが反訴原告らの入院治療に疑問があるとして債務不存在の本訴を提起したことから、反訴原告らが無過失の被害者であるにもかかわらず訴訟に応じざるを得なかつたものであり、それにもかかわらず反訴被告ら(本訴原告ら)が和解にも一切応じなかつたため、反訴原告らが口頭弁論終結前にやむを得ず反訴を提起したものであるところ、このような本件事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、反訴原告らの反訴追行に要した弁護士費用は、それぞれ次の金額をもつて相当と認める。

(1)  反訴原告佐野 二五万円

(2)  反訴原告黒丸 一六万円

(3)  反訴原告置鮎 一五万円

第四結論

以上の次第であるから、反訴原告らの反訴請求は、反訴被告ら各自に対し、反訴原告佐野において金一九四万六一四五円、反訴原告黒丸において金一二八万九八一三円、反訴原告置鮎において金一二〇万四〇五四円、及びこれらに対する本件事故の日である平成五年一月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による各遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の反訴請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南敏文)

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